INTERVIEW

2021.06.28

コロナ禍で崩れた慣性の法則。大企業が取り組むべき軸のマネジメントとは?

コロナ禍を経て社会・企業は、過去の慣性の法則では対応できない状況が発生しています。今まさにトランスフォーメーションが求められていますが、大企業ではオペレーション改善の教育に注力してきたため同時に混乱も生じています。

そこで、Produce Thinking Lab(プロデュース・シンキング・ラボ)は初の記事企画を立て、ビジネスデザイナーとして、これまでのご経歴の中で「大企業における新規事業創出・イノベーション」を担ってこられた竹林一氏にお話を伺い、今後大企業がするべき視座・視点の転換、イノベーションを起こす際に重要なポイントについて紐解いていきます。

竹林 一 氏

オムロン株式会社 イノベーション推進本部 インキュベーションセンタ センタ長 氏

“機械にできることは機械に任せ、人間はより創造的な分野で活動を楽しむべきである”との理念に感動して立石電機株式会社(現オムロン)に入社。以後新規事業開発、事業構造改革の推進、オムロンソフトウェア株式会社代表取締役社長、オムロン直方株式会社(現アドバンテックテクノロジーズ株式会社)代表取締役社長、ドコモ・ヘルスケア株式会社代表取締役社長を経て現職。2016年日本プロジェクトマネジメント協会特別賞受賞、2019年1月同協会PMマイスター認定。著書に『ここまできた!モバイルマーケティング進化論』(日経BP企画)、『PMO構築事例・実践法』(ソフト・リサーチ・センター)、『利益創造型プロジェクトへの三段階進化論』(日経ビズテック)等がある。 氏

蝶々の存在と視点の転換がイノベーションの起点に

竹林氏:「イノベーションについて、先輩たちは、新しいビジネスは関西から出てくると言われていました。本当かどうかわかりませんが。

理由は2つあって、1つはいい意味で“ぶらぶらした”人が多いということ。ぶらぶらしている人というのは、おしべとめしべの間で花粉を運ぶ蝶々のような役割をしているのですよね。花が咲くためには仲介する人が必要で、仲介者がいなくなると新しいことが起こらなくなってきます。

もう1つが、視座視点を変えていくという話ですが、普通の戦い方をすると、市場を持っている者、資本を持っている者が勝ちます。しかし、視座視点を変えると新しい地図が見えてくるのですよね。関西人はこの視点を変えるのが上手いという話をよく先輩たちがしていました。

例えば、ボンカレーはパックごと温めるだけでカレーが食べられるという世界初のレトルト食品を生み出し、オムロンは駅員さんの代わりに切符を切るロボット、自動改札機を生み出しました。その他、即席麺や回転寿司など。今では当たり前のものばかりですが、これらは視点を変えることによって生まれたビジネスです。 物事をどの視点から見るか?ということですね。今までは皆、右肩上がりの市場構造でいいものを安く作れば儲かると考えられてきました。視点・考え方を変えるだけでイノベーションは起きるのです。」

絵画と会社経営に共通点?多様な分野で花を咲かせるキーポイント

竹林氏は高校時代に絵画・デザインに没頭し、オムロン入社後はソフトウェア、システムの設計やプロジェクトマネジメントに携わり、さらに数々の新規事業立ち上げや会社経営を担ってこられましたが、いずれも重要な共通点があるといいます。

竹林氏:「ソフトウェアのエンジニアとしてオムロンに入って、絵を描くという感覚とシステムをプログラムする感覚は一緒だと思いました。どちらも何が大事かというと構想設計ですよ。絵を描く時は、どういう絵を描くのか最初の構想デザインが大事ですし、システムをプログラミングする時も最初の構想設計が大事であることは同じです。何をシステムの対象として捉え、どのようなビジネスをやっていくのか、どのようなプログラム構造にすればシンプルになるのか。絵を描くことも、システムをプログラミングすることも、構想をデザインする点で一緒だと思ったのです。」

1枚のカードで関東の鉄道をつなぐ「パスネット」プロジェクトのプロジェクトリーダーを務められた際には、ホストシステム、自動改札機、自動券売機など1年半で600もの膨大な数のテーマが走り、全体で420万ステップものプログラムを組む必要があったとのこと。アーキテクチャデザインから600テーマの組織設計までスムーズに進行するためには、プロジェクトリーダーとして構想デザインは欠かせなかったと竹林氏は振り返ります。

さらにその後、鉄道、モバイル、電子マネーなどの新規事業の立ち上げ、ソフト会社の社長、生産会社の立て直し、ヘルスケア会社の立ち上げなど、数々のビジネスに関わってこられましたが、竹林氏は、新規事業、既存事業の構造改革、会社経営も全てデザインだといいます。

竹林氏:「軸のマネジメント、軸をどう変えるのかがポイントです。大きく赤字会社を転換させる、事業構造を変えるというときには、会社自体をもう一回デザイニングしなければいけないのです。」

竹林氏は、オムロン社内、そして京都という街、日本社会全体でイノベーションや新規事業が生まれ続けるエコシステムをデザインされてきましたが、次々に新たな環境で挑戦し続けるのに、ご苦労はないのでしょうか。

竹林氏:「新しい環境で挑戦を行うには、毎回ゼロから人間関係を作って、お客さんのビジネスモデルを理解して、構造を変えて行く必要があります。私としては、本当は同じ環境で取り組むのが楽ですよね。でも、妻から言われたのは、“あなたの人生はタンポポのような人生なのだから、風が吹いてきたら飛んでいって花が咲く。花が咲いて風が吹いたら、また飛んでいったらいい”と言われて、その言葉が支えになって、新たな環境で挑戦し続けられたのです。ただ、“給料だけは入れておいてね”と釘を差されました。」

事業プロデューサーにとっても、この全体の構想を描いて体系化し、オペレーションまでスムーズに回る仕組み・設計図にまとめるスキルは非常に重要なポイントとなります。

やられて倍返しでは組織が崩壊…反発をコントロールするポイントとは?

そもそもイノベーションとは何を指すのでしょうか?イノベーションの概念を打ち出したヨーゼフ・シュンペーターは下記の5つを挙げています。

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▼ヨーゼフ・シュンペーター イノベーションとは

①新しい価値の創造

②新しい売り方・市場への参入

③新しい資源・原材料の獲得

④新しい生産方式の導入

⑤新しい組織の実現

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つまり、イノベーションとは、必ずしも新規事業を立ち上げることだけではありません。ポイントは“新結合”を作り出すことにあります。

竹林氏:「新結合とは“蝶々“や”ミツバチ“のように仲介する人、つまりプロデューサーの役割が重要です。システム品質的に考えれば、同じ会社の”1“の人が3人集まっても、1×1×1なので、結局”1“です。ここに”2“や”3“の人がいれば、掛け算で新結合が起こるのです。だから、異質な人を集め、新結合が起こる仕組みをどのようにデザインしていくかが一番のポイントになってきます。」

コロナ禍の影響で、顧客との関係性や生活様式のあり方が一変しましたが、イノベーションのあり方にも変化が現れたのでしょうか。

竹林氏:「イノベーションの手法は、以下の3つに大別されます。

①ゼロからイチを生み出す

②AIなどで手段・やり方を変える

③目的地・軸を変える

この中で、私自身が取り組みやすいのは目的地・軸を変えるイノベーションだと思っています。

従来の軸の延長線上で回せるなら、わざわざイノベーションを起こす必要はありません。でも、コロナ禍でこの軸が変わり始めていて、QCDを回して大量生産して、いいものを安く提供するだけでは勝てなくなり、どのような軸を設定するのかが重要になっています。

軸を変える上では、組織の風土が大事です。コミュニケーションがない組織にモチベーションは生まれないし、モチベーションのない組織からイノベーションは生まれない。そんな組織で無理やりイノベーションを起こしたら、コンフリクションが起きて、その対応を間違うとハレーションが起きてしまいます。強いコミュニケーション・モチベーションがある、または心理的安全性の高い組織でないとイノベーションはうまくいかないのです。」

イノベーションを組織として取り組むためには、組織構造や構成メンバーの感情の変化を理解することが重要です。組織風土が理解できれば、イノベーションの基礎となるコミュニケーション、モチベーションのある組織をどのように作るべきか可視化され、また、コンフリクションやハレーションが起きた時に対処しやすくなります。

竹林氏:「コンフリクションが起きない組織が正しいわけではありません。心理的安全性の高い組織とは、反対意見が言える組織。イノベーションは、今までの仕事や職場を奪う可能性があり、反発が起きることが多いです。反発する人たちも会社を潰すためではなく、ただ過去の慣性の法則が働いているだけです。以前は、決められた手順通りに進めることや、9時に会社に行って17時に帰ることが正しかったのです。しかしコロナでそれが変わり、かつての慣性の法則が崩れました。私が2年前に社団法人を立ち上げた際にIT部門から反対されたZoom会議も、今では当たり前のように実施しています。

反発に真っ向から衝突するのではなく、IT部門が考えるリスクは何か、またこちらが何をやりたいのかを幽体離脱して俯瞰視すると、コンフリクションの対処法はたくさん出てきます。社団法人では、理事会専用のiPadを購入し、会社のPCには繋がず、セキュリティを担保することで解決しました。」

事業プロデューサーとして新規事業に取り組む際、組織の相互コミュニケーションやモチベーションの状況、組織風土を客観的に把握し、仮に反発が起きた際には、両者の主張の背後にある“守るべきもの“を俯瞰して見ることで、適切なマネジメントをすることができるのではないでしょうか。

今回の前編「コロナ禍で崩れた慣性の法則。大企業が取り組むべき軸のマネジメントとは?」では、竹林氏の経験から、全体構想デザインの重要性や、イノベーションを起こす際に重要な組織風土の理解について触れました。

後編では、どのような人材がイノベーションを生み出すのか、またイノベーションを生み出す思考プロセスとはどのようなものかに触れていきます。

事業プロデューサーとしての思考方法の参考になるかと思いますので、ぜひ楽しみにしていてください。

■プロデュース・シンキングとは?

プロデュースシンキングとは、事業開発プロデューサーの能力開発を体系化した独自メソッドです。これまでは組織を中心に事業が創造されてきましたが、今では個が個と繋がることで生まれたプロジェクト、いわゆるPMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)から事業が創造される時代になりました。プロジェクトが中心となった新規事業開発の現場において、企業人・個人問わず、プロジェクトを発起する前から寄り添い、発起後も推進していける “プロデューサー”の存在が大きく必要とされています。
プロデュース・シンキングでは、既に企業や自治体、大学等にご導入いただくなど、プロデュースの事象を集め、プロデューサーの考え方や行動を分析し、企業研修・教育・啓発・実践に活かすことでプロデューサーを育成し、世の中にある幾多のプロジェクトに対して、プロデューサーを中心に事業を成果へ導くきっかけとなることを目指しています。

プロデュース・シンキング・ラボ公式HP