INTERVIEW

2021.07.13

イノベーションを担う“起承転結”人財の育成方法と新規事業“1,000隻の潜水艦”理論

前編では、大企業における新規事業創出・イノベーションを担ってこられた竹林一氏に「コロナ禍で崩れた慣性の法則。大企業が取り組むべき軸のマネジメントとは?」というテーマでお話を伺いました。 インタビュー後編では、イノベーションを起こすために必要な“起承転結”人財とその思考プロセスについて、また、10年先の未来と短期的な計画を結びつける事業プロデューサー≒“承”人財を育成していくためのプロセスについて、お話を伺いました。

竹林 一 氏

オムロン株式会社 イノベーション推進本部 インキュベーションセンタ センタ長 氏

“機械にできることは機械に任せ、人間はより創造的な分野で活動を楽しむべきである”との理念に感動して立石電機株式会社(現オムロン)に入社。以後新規事業開発、事業構造改革の推進、オムロンソフトウェア株式会社代表取締役社長、オムロン直方株式会社(現アドバンテックテクノロジーズ株式会社)代表取締役社長、ドコモ・ヘルスケア株式会社代表取締役社長を経て現職。2016年日本プロジェクトマネジメント協会特別賞受賞、2019年1月同協会PMマイスター認定。著書に『ここまできた!モバイルマーケティング進化論』(日経BP企画)、『PMO構築事例・実践法』(ソフト・リサーチ・センター)、『利益創造型プロジェクトへの三段階進化論』(日経ビズテック)等がある。 氏

前編では、イノベーション体系から、イノベーションを組織として取り組むための風土についてお話を伺いました。後編では人財の観点からお話を伺いたいと思います。

竹林氏:「どのような人がいればイノベーションが起こるのか何年も考え続けた中で見えてきたのが“起承転結”人財の育成でした。“起”・“承”・“転”・“結”の間に優劣はなく、全体のバランスが重要です。

“起承”人財は望遠鏡で物事を見ていて想像力があり、トライアル・アンド・エラーで未来を作っていきます。全体の構想デザインをする“承”人財に必要なのがグランドデザイン思考なのですが、この考え方がプロデュース・シンキングに近いと思っています。

“転結”人財は顕微鏡で物事を見ていて、決まったことを実行するのが得意です。QCDで評価され、1日何万個もの製品をきっちり作る実行力があります。何より大事なのは、両者のバランス・連携が取れているかどうかです。“転”人財は、3年から5年の中期の経営計画的な視点から市場を分析したり、KPIを設定したり、リスクを管理するのが得意です。“結”人財はQCDの視点から決められた短期計画の目標を達成していくのが得意です。

“起”人財はかなり先、例えば10年先の未来を見ていますが、実は10年先の未来と3年から5年の計画上の時間軸が合わないのです。未来と中期計画の間あたりに新規事業のネタがあるため、そこに何を持ってくるのか調整が必要です。“承”人財は、全体構想設計を描いて、起と転のギャップを埋めて中継役を担います。

私自身は、まずこの“承”人財を育成する事で“起”と“転”を繋ぎ 新しい事業が生まれ続ける仕組みを創ろうと思っています。」

■プロデューサーの役割は武士と忍者を活用し、未来と今をつなぐ

かつて日本企業では、ソニーの井深大氏と盛田昭夫氏など、“起承”を担う創業者と“転結”を担う番頭さんのバランスが取れていたといいますが、現在はどのような変化が起きているのでしょうか。

竹林氏:「高度成長期以降の大量生産型のビジネスモデルでは、隅々まで品質の担保が必要になるため、日本企業は、製品のQCDを作りあげる“転結”人財の育成に注力してきました。しかし、戦い方や世の中の軸が変わり、かつてのビジネスモデルの延長線上では勝てなくなってきています。

昨今話題に上がっているイノベーションやDX(デジタル・トランスフォーメーション)とは、もう一度“起承”から企業を見直しましょうということなのです。」

システムの開発には、仕様をしっかりと決め、失敗が許されない絶対的な安定が求められるようなシステムにはウォーターフォール型、時代の変化やユーザーニーズへの素早い対応が求められるようなシステムにはアジャイル型の2種類の開発手法があるといいます。

竹林氏:「ウォーターフォール型は、統率力や実行力が必要なため“転結”人財がオペレーションを担いますが、失敗をすべて背負う“武士文化”に似ています。一方、アジャイル型は機動性や柔軟性が必要なため“起承”人財がオペレーションを担いますが、トライアル・アンド・エラーで敵地から情報を持ち帰る“忍者文化”と言えます。

“ウォーターフォール型””アジャイル型”どちらがいい悪いではなく、開発するシステムの特性によって、両利きで使い分けていく必要があります。会員が100万人規模のサービスを開発したことがありますが、会員データベース管理やセキュリティ管理は、ウォーターフォール型で開発し、ユーザーの利便性に関わるアプリケーションはアジャイル型で開発しました。ビジネスでも、この2つの異文化を理解し、マネジメントすることが重要です。

そこで、“承”人財が、“そもそも”の視点で事業を再定義・概念化し、ストーリーを描いて、発想力が豊かで10年先を見ている“起”人財と、現在から数年先を見ている“転”人財を繋げていきます。

“起”人財はベンチャー企業や大学など外部におられることが多いのですが、企業内にいる場合は絶滅危惧種なので守らなければなりません。

事業プロデューサーの役割を担う城主は、武士文化の“転結”人財、忍者文化の“起承”人財の両者が活躍できるように、心理的安全性が担保された風土を創る必要があります。」

プロデュース・シンキングは“承”にあたる事業プロデューサーを育成するメソッドなのですが、事業プロデューサーは希少だと感じています。また、企業の意思を担うため、外部にアウトソーシングすることはできないように感じます。

竹林氏:「世の中の軸が変化し始めたため、新規事業・既存事業の構造改革に関わらず、今後企業は事業プロデューサーを育成しなければなりません。“転”を担う人財はコンサルタントを活用することができますが、“承”は会社の意思・方針そのものなので、アドバイスはお願いできても、アウトソーシングはできないと考えています。“承”人財は、ファクトを基に事象や会社の強みを整理した上で、どの「軸」で考えたら事業が成功するかを見極めます。」

■童話わらしべ長者=GAFA?連続起業家の思考プロセスとは?

竹林氏:「“起承”を担うクリエーション人財」、「“転結”を担うオペレーション人財」が上手く連携できるとイノベーションが起きると考えています。オペレーション人財が得意な競合分析、事業計画作成をして目的から逆算する思考はコーゼーションと言われます。GAFAやClubhouseのようなクリエーション人財の思考方法はエフェクチュエーションと呼ばれ、得意な領域、仲間を起点にビジネスモデルを作り、新たな目的・手段と出会い、これを繰り返していることが、近年の研究を通じてわかってきました。

私自身も、ビジネスが立ち上がる時はエフェクチュエーション思考で立ち上げることがほとんどです。もちろん、資金調達時の説明の際にはコーゼーションの思考でマーケティング調査も実施して説明します。」

特に新規事業では、マーケットフィットしているかわからないため、動いた先に生じた事象を活かして展開していくエフェクチュエーションが適しているように感じます。

竹林氏:「エフェクチュエーションは日本の童話“わらしべ長者”に似ています。」

わらしべ長者のお話は、観音様のお告げ通り、転んで最初に目にした一本の藁を拾い、物々交換を通じて最終的に屋敷と田んぼを手に入れ、長者になっていく童話です。トライアル・アンド・エラーで進行していく展開は、まさにエフェクチュエーション的思考だと言います。

竹林氏:「コーゼーションは、屋敷と田んぼを手に入れた後に、田んぼの増設や他の作物生産を検討するフェーズの思考です。エフェクチュエーションは、拾った藁にアブを括り付け、発生した事象を順次積み上げていく思考です。童話の各フェーズで、どこがイノベーションなのか?をテーマにディスカッションしてみると三者三様で面白いので、“わらしべ長者をプロデュース・シンキングで考えてみました”というのも面白いかもしれませんね。」

“起”人財と“転”人財の時間軸の違いを調整する“承”の役割は入口側、出口側双方から掘り進めるトンネル工事のマネジメントに似ているように思います。

竹林氏:「バックキャスト思考と、フォーキャスト思考の違いだと思います。トンネルは入口と出口の両側から掘り進め、中心で結合することで完成しました。バックキャスト思考は、未来から見据え、フォーキャスト思考は現場から現状をより良い方向に変革していきます。それぞれの思考をちょうど真ん中ぐらいで合わせることが重要で、時期が早すぎても、遅すぎてもビジネスは立ち上がらないのです。

私が取り組んでいるビジネスも、主流になるのは数年先なのですが、今のお客さまの課題を解決しながら、先に訪れる新たな市場にいかに繋いでいくかを考えています。まさにトンネルのどのあたりに目指す中心部分があるのかを模索しながらやっています。全く違う方向でトンネルを掘っていたら中心が合わないので、”バックキャスト側”と”フォーキャスト側”それぞれの声に耳を傾けながら常にコミュニケーションを大切に進めています。

“起承”の人財は不足しているように思いますが、このスキルは後天的に伸ばしていけるのでしょうか。我々は、プロデュース・シンキングのメソッドを活用して“承”人財を多数育成していきたいと考えています。

竹林氏:「まずは“起承転結”全体を知ることが大事です。“起”人財は直感、アート的な思考のため“承”人財にはなりにくく感じています。また内部におられない場合は外部パートナーで補うことができます。

一番適しているのは、“転”人財を“承”人財に育成していく方法です。転の論理がわかっていることで、起と転結の間で翻訳・調整ができるようになります。しかし、構想設計の段階で論理分析をやりすぎると、それ以上の発想が出てこなくなります。そこで、 “承”人財へ育成するためには、抽象化と具体化を行き来することで、物事の見方や切り口を変えるトレーニングをする必要があります。

私はプロデュース・シンキングの発想そのものが、そもそも事業立ち上げにむけて今後、最も大切になる「承」人財の教育に焦点をあてたことに価値を感じています。」

前編の話で、イノベーションは新規事業である必要はないと伺いましたが、まさに新規事業でも既存事業の構造改革でも同じことが言えますね。

竹林氏:「私のやってきたことの半分は既存事業の構造改革です。駅を街の入り口と捉え方を変えたことで、自動改札機が子どもを見守るという発想が生まれました。鉄道会社さんが駅の中は滞在する場所であるという概念を作ったことで、駅ナカの発想が生まれました。これらは全て既存の事象の捉え方・軸を変えただけなのです。コロナ禍はこの軸を変えるチャンスだと言えます。」

“承”人財の視点で、捉える面を変えることが重要ということですね。

竹林氏:「物事の面の捉え方を変えるのも重要ですし、誰もが腹落ちするキーワードが重要で、インパクトのあるワンワードのメッセージで発想が拡がります。」

“起承”人財が活躍できる環境づくりには、セーフティネットを引いて心理的安全性を担保してあげることも重要なように感じます。

竹林氏:「心理的安全性はセットになりますね。実は、抽象化された概念は否定できないため、その概念の中で新規事業をいくつか出していったらいいと思っていまして、私は“1,000隻の潜水艦”と呼んでいます。1,000個のうち3つ成功するという意味ではなく、1,000隻の潜水艦を沈めておいて、ちょうどいいタイミングで3隻浮上させることを言います。

新規事業はすぐに当たるものではないですし、浮上させるタイミングを間違えると潰されてしまいます。タイミングが違っていれば、また沈めて浮上させるタイミングを見計らえばいいのです。経営マターでコントロールしておくべきなのは、どこの領域に潜水艦を沈めておくのかということです。沈める深度を変えたり、再浮上させるタイミングを見計らったりするのはマネージャーの手腕の見せ所です。大企業は、コロナ禍を経て、改めてどこに潜水艦を沈め直すのか検討すると良いと思います。」

ぜひ、プロデュース・シンキングのメソッドに対して応援コメント・賛同メッセージをいただけたら嬉しいです。

竹林氏:「プロデューサーとしては起承転結全体を知り、その中でご自身が尖らせるポイントを決めたらいいと思います。発想を飛ばせるか、トンネルの真ん中を見つけられるか、軸が変わるだけでやっていることの意味がガラッと変わるので、プロデューサーとしてはワクワクしますよね。」

自分でできるのは当たり前、他者に共有できて初めてプロデューサーと言われますが、自分なりに落とし込んでデザインして、他のプロジェクトメンバーに伝えていくスキルは必要になると思います。

今回、竹林氏から伺った内容を踏まえて、プロデュース・シンキングを通じてプロデューサーの能力開発をサポートできればと思います。

■プロデュース・シンキングとは?

プロデュース・シンキングとは、事業開発プロデューサーの能力開発を体系化した独自メソッドです。

これまでは組織を中心に事業が創造されてきましたが、今では個が個と繋がることで生まれたプロジェクト、いわゆるPMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)から事業が創造される時代になりました。プロジェクトが中心となった新規事業開発の現場において、企業人・個人問わず、プロジェクトを発起する前から寄り添い、発起後も推進していける “プロデューサー”の存在が大きく必要とされています。
プロデュース・シンキングでは、既に企業や自治体、大学等にご導入いただくなど、プロデュースの事象を集め、プロデューサーの考え方や行動を分析し、企業研修・教育・啓発・実践に活かすことでプロデューサーを育成し、世の中にある幾多のプロジェクトに対して、プロデューサーを中心に事業を成果へ導くきっかけとなることを目指しています。

プロデュース・シンキング・ラボ公式HP